H.I.S.イタリア 特派員記事 |
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イタリア国内は今年もカーニバルで各地賑わいました。
2月3日(日)はアルベロベッロでも小さなカーニバルが催されました。 いくつかのグループが仮装をして、マルテロッタ通りを少しパレードしただけですが、あまりの可愛さに思わず頬が緩んでしまいました。 プレゼントの箱を身に纏った子供達や、お揃いの虹のデザインの服を着た子供達、乳母車に乗ったまま、訳も分らず仮装をさせられている赤ん坊、どこへ行っても子供達の可愛さに変わりはありませんね。 もちろん子供達に混じって大人たちも頑張っています。 ダンス好きのイタリア人は、音楽があればどこでも踊り出します。 踊っている大人達は、少年少女の様に生き生きと無邪気な笑顔をしています。 そして、高齢者も負けてはいません。仮装を楽しんでいるのが表情で分りますね。 パレードの中ほどにはフォルクローレのグループがいて、この地独特のフォルクローレ音楽にのって子供達が躍動感溢れる軽快なダンスを披露してくれました。 音が伝えられないのが残念ですが、庶民的な小さなカーニバルの雰囲気は楽しんでいただけましたか?? 2月5日(火)は、カーニバル最終日。 アルベロベッロの隣町プティニャーノの伝統あるカーニバルについてはまた次回!! #
by his-news
| 2008-02-07 20:17
| TAKAKO.N
ヴェネツィアの華やかなイメージとは少々対照的な地区です。
中世のキリスト教徒間では宗教上の理由から、金銭を扱う(貸与して利子で儲ける)商売を罪悪だとしていたため、ユダヤ人が金融業の全般を担うようになります。 十字軍の遠征後、イタリア商人、いわゆるキリスト教徒の資本家が力をつけてくると、貿易・商売に関する商人の世界からユダヤ人は締め出しをくらう形となり、それまでは商業全般に携わっていたユダヤ人たちも、暗黙の了解で許されていた闇の金融業に走らざるを得なくなりました。しかし、それはいわゆる消費者金融まがいの商売であったことから、ユダヤ人の金に対する「悪徳」イメージが固定化。それによりカトリック教会からは街からの強制退去を強いられ、この地区に押し込まれるようにして生活せざるを得なくなったとされています。 ゲットー内には「シナゴーク(ユダヤ教会堂)」や学校なども設置され、その地区内での生活・文化が孤立する形となりました。しかし、その教育水準はかなりの高さに保たれていたようです。 ここヴェネツィアで誕生したゲットーは、瞬く間にヨーロッパ中に広まり、その後約300年間、第2次世界大戦後まで存続しました。 ヴェネツィアのゲットーの門もただひとつしかなく、夜は門に鍵がかけられていたようです。もちろん現在は鍵をかけられることもなく、誰でも通行可能。ここに足を踏み入れたからといって行き止まりにあたることもありません。 「インパーデ」というアーモンドの粉と小麦粉を混ぜた焼き菓子です。食べ応えのあるずっしりとした素朴な味わい。 大通りから少しはずれ、街の中心からもずれた場所に位置するその一角は、他地区とは少々一線を画したひっそりとした雰囲気を今もなお残しており、足を踏み入れると少し違う空気の流れと歴史を感じることができます。 場所は鉄道駅「サンタ・ルチア駅」を出て左側にのびる大通り「スペイン通り」を道なりに歩き、初めの大きな橋を渡ったたもとの道(運河沿い)をすぐに左に折れます。 そこから間もなくの細い通りを入るとこのゾーンに入ります。 #
by his-news
| 2008-02-05 23:56
| AKI.S
イタリアに旅行に来て観光もそこそこに、観光客のみなさんの頭の片隅から離れないのがお土産のことではないでしょうか?
どこかで買おうと思っていたのに、帰る間際になってようやく慌てることもしばしばなのでは? そんな時、個人的にお勧めなのは本です。 イタリア語は誰にも全然分からないから、と思われるかもしれませんが、デザインやインテリア、ファッションに関する本ならイタリア語が読めなくても十分楽しめます。 ファッション、デザインの国イタリアでは、さすがにこれらの分野の本が豊富です。 またイタリアの風景を映した写真集もとても素敵!こちらも沢山種類が出ています。古き良き一昔前のミラノの写真を集めた写真集などは、ぱらぱらと眺めているだけでもその時代にタイムスリップしたような気分になり、ミラノのお土産としてとても喜ばれるのではないでしょうか。 チェントロ(中心市街地)にはいくつかの大型書店がありますが、活字中毒の私が好きな書店は、なんと言っても「HOEPLI」(「ウープリ」、Via Hoepli Ulrico,5) まずここはCDやDVDなどと一緒に売っている他の大型書店と違い、地下1階から地上4階まで建物全てが本屋さんというまさに正統派の書店。ここは本好きなら深呼吸してしまうような、書籍特有の匂いがむーっと充満しています。店員さんも本当に本好きそうな人ばかりでとても詳しくて丁寧。何か質問するとすごくプロフェッショナルな答えが返ってきたりします。店の奥には本が山のように無造作に積み上げられていて、ほとんどがチェーン店でどこもぱっと明るい日本の大型書店とは一味違う図書館を思わせるような湿ったような文科系の雰囲気が漂っています。 #
by his-news
| 2008-02-04 23:12
| MARI.K
ヴェネツィアのカーニヴァルの見所は、仮装した人々の華やかさを目の当たりにすることにあります。
最近では、キャラクターの着ぐるみのようなものを着ている人もいるなどして、大変カラフルですが、ヴェネツィア特有の中世の衣装を着た人々の雰囲気にエキゾチックな感覚を覚えるものです。 カーニヴァルの変装の本来の目的は、階級の違うもの同士が仮面で顔を隠すことにより、階級の差を飛び越えて楽しむためのもの。もちろん単なる変装を楽しむためだけの意味ではなく、当時の時代背景(貴族、商人、大衆階級が明確に分かれていた時代)があっての伝統行事です。 ですので、ヴェネツィアの地本来の仮装の衣装というものが存在します。伝統的な衣装がいくつかあるので、一般的なものを紹介します。 1700年代の貴族が用いていたというヴェネツィアの伝統的な衣装です。 特徴は、白い仮面に厚手で長い黒いマント、そして“トリコルノ”と呼ばれる三角帽子。 当時はもちろんカーニヴァルの時期の衣装という目的だけではなく、種々のフェスタ(お祭り)や劇場用、舞踏会などにも頻繁に用いられていたようです。また、恋人同士のお忍びでの密会に顔を隠すためにも使われていたとか。なんだか謎めいた少し怪しげなところが密会にはぴったりのような気がします。 これもヴェネツィア特有のもの。ゴルドーニの劇場用の喜劇の衣装としてよく知られています。 これは当時の商人、貿易商を現したもの。リッチで元気の良い活動的な商人です。その姿からも商人独特の少々計算高いが明るく元気いっぱいな様子が伺えるようです。 “パンタローネ”という名は、“Pianta leone/ピアンタ・レオーネ”を語源としているとか。当時の貿易商が船で商売のため出かけていく際に、ヴェネツィア共和国のシンボルであるライオン(レオーネ)を掲げた旗を船に据えた(ピアンタ=pianta)ことから、といわれています。 『Gnaga/ニャーガ』 仮装の衣装のなかでは最も手軽なものであったといわれています。それは、当時の一般的なヴェネツィアの女性の日常服であったからです。仮装としては男性がこの女性の服装を用いるようです。 顔は猫の面をかぶり、手には猫を入れた籠を持ちます。ヴェネツィアの方言で「猫の鳴き声ができるかい?」といった意味の言葉を発して歩きまわっていたのだとか。 乳母のふりをする、という見せかけの意味も含まれていたようで、子供を連れにしていた人々もいたようです。 ちなみに“ニャーガ”はイタリア語で猫の鳴き声、または乳児の鳴き声を表す言葉からのものです。 『Medico della pesta/メディコ・デッラ・ペスタ』 ペストのお医者さん、という意味です。ペストが流行した際に医者が患者を診る際に身につけていたものです。もちろんこれも仮装向けのものではなく、実践的に用いられていたもの。仮面の特徴である長い鼻は、感染者にむにむやみに近づくことを防ぐためであり、消毒効果のある薬草(ローズマリー、ニンニク、ビャクシンなど)を入れた内部はフィルター状になっていたそうです。 今では、悪病を追い払う厄除けのおまじないの意味を含んでこの衣装をまとうこともあるそうです。 『Mattacino/マッタチーノ』 白または色のたくさん入った短い上着を着て、羽のついた帽子をかぶります。ピエロのような格好ですが、行商をモチーフにしたものとも言われています。 手には“フロンボレ”と呼ばれる石を投げるバットのようなものを持っています。道すがらに各家のバルコニーから投げられる香りをつけた卵を受けていたとか。 『Moretta/モレッタ』 卵形の女性用の顔を口の上から半分隠す仮面に黒いビロードの布を頭からかぶります。 女性らしい神秘的なイメージがあり、男性から受けていた衣装です。 これらは、一部なのですが、ヴェネツィア独特のものばかりです。 また、18世紀当時の貴族の若者の間で流行っていた“パルッカ”と呼ばれる巻き毛のかつらをつけ、美しい刺繍を施した上着にぴったりとしたタイツのようなパンタローネ、という出で立ちも多く見かけられます。 #
by his-news
| 2008-01-25 22:53
| AKI.S
1月に入ると街中のあちらこちらのお菓子屋さんやパン屋さんのショーウインドウに示しあわせたように一斉にお目見えするドルチェがあります。
『Frtelle/フリテッレ』と『Galani/ガラーニ』です。 ともにカーニヴァルのこの時期に食べるもので、風物詩のひとつといえるでしょう。 『フリテッレ』とは、いわゆる揚げドーナツです。小麦粉に牛乳、砂糖、ビール酵母を混ぜ合わせて丸く油で揚げます。口当たりはモチモチッとした感じです。 イタリア全土、特に北部ではこのドルチェはこの時期どこでも見られるようですが、生地に干ブドウが入ったものは『Fritelle veneziane/フリテッレ・ヴェネツィアーネ』といって、ヴェネツィア特有のものです。 また、もう一方の『Galani/ガラーニ』も揚げ菓子のひとつ。四角い薄い生地を揚げて粉糖をたっぷりとかけたものです。 古いリチェッタ(レシピ)では、ラザニアの生地を甘くしたものを薄くのばして豚の脂で揚げたもの。現在のものよりもずっしりとした揚げ菓子だったと想像されます。 現代のリチェッタでは、小麦粉、卵、バター、砂糖を合わせた生地を薄くのばして口当たりも軽く仕上げます。最後にたっぷりと粉糖をふって見た目も美しいです。 このドルチェもこの時期、イタリア各地でよく見かけられるものです。 ここヴェネトでは『Galani/ガラーニ』と呼ばれますが、他にもLattughe/ラットゥーゲ、Crostoli/クロストリ(トレンティーノ・アルト・アディジェ州)、Chiacchere/キアッケレ(ロンバルディア州)、Frappe/フラッペ(ラツィオ州)、Sfrappole/スフラッポレ(エミリア・ロマーナ州)、Cenci/チェンチ(トスカーナ州)、Bugie/ブジエ(ピエモンテ州)等、各地で呼び名が変わります。 そして形も様々で、ヴェネツィア周辺で見られる『ガラーニ』は幅の広いリボンを切ったような形が正統。他地に行くと生地がもう少ししっかりしたものや形もひし形、クルリとねじったリボン状、結び目があるもの等いろいろあります。 カーニヴァルにつきもののこれらは、お祭りの華やかさと同時に少々早い春を感じさせる、伝統菓子たちです。 #
by his-news
| 2008-01-15 00:56
| AKI.S
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