H.I.S.イタリア 特派員記事


イタリアの各地の特派員からの最新イタリア情報
by his-news
カテゴリ
全体
NANAE.N
MARI.K
YOKO.M
AKI.S
TAKAKO.N
YUMI.T
KASUMI.T
YUZO.M
AZUSA.T
未分類
H.I.S. ITALY
以前の記事
最新のトラックバック
truffle
from truffle
running boards
from running boards
lofts denver..
from lofts denver l..
rookies soph..
from rookies sophom..
tours in isl..
from tours in islan..

カテゴリ:TAKAKO.N( 6 )

アルベロベッロのカーニヴァルの様子

イタリア国内は今年もカーニバルで各地賑わいました。
b0091227_20154889.jpg

2月3日(日)はアルベロベッロでも小さなカーニバルが催されました。
いくつかのグループが仮装をして、マルテロッタ通りを少しパレードしただけですが、あまりの可愛さに思わず頬が緩んでしまいました。

プレゼントの箱を身に纏った子供達や、お揃いの虹のデザインの服を着た子供達、乳母車に乗ったまま、訳も分らず仮装をさせられている赤ん坊、どこへ行っても子供達の可愛さに変わりはありませんね。
b0091227_20112863.jpg

b0091227_20115379.jpg

b0091227_20122067.jpg


もちろん子供達に混じって大人たちも頑張っています。
b0091227_2013072.jpg

ダンス好きのイタリア人は、音楽があればどこでも踊り出します。
踊っている大人達は、少年少女の様に生き生きと無邪気な笑顔をしています。
そして、高齢者も負けてはいません。仮装を楽しんでいるのが表情で分りますね。

b0091227_20132942.jpg

パレードの中ほどにはフォルクローレのグループがいて、この地独特のフォルクローレ音楽にのって子供達が躍動感溢れる軽快なダンスを披露してくれました。
音が伝えられないのが残念ですが、庶民的な小さなカーニバルの雰囲気は楽しんでいただけましたか??

2月5日(火)は、カーニバル最終日。
アルベロベッロの隣町プティニャーノの伝統あるカーニバルについてはまた次回!!
[PR]
by his-news | 2008-02-07 20:17 | TAKAKO.N

アルベロベッロ周辺の観光スポット sanpo

今回は、アルベロベッロの周辺観光地をいくつかご紹介しましょう。
個人旅行をプランニング中の方は、<参考タイムテーブル>を目安に、自分なりのプランを立ててみて下さい。

●列車で行ける気軽な半日観光
ロコロトンド/マルティーナ・フランカ
b0091227_189335.jpg
アルベロベッロから列車でターラント方面に一駅の所にあるロコロトンドは、その名(ロコ:場所、ロトンド:丸い=丸い場所)の通り、典型的な三角屋根を持つ背の高い家が、城壁の様に円形に周囲を取り囲み、その中に町が形成されています。遠方から町を望むと、小高い丘の上に、まるで「王冠」の様に町が聳えているのが分ります。
円形の中にひしめく旧市街は、白壁と石畳、そして細道が入り組んだそぞろ歩きにぴったりの、この地方特有の町並みです。旧市街の周囲に沿って走る道路からは、丘の麓に広がる葡萄畑やオリーブ畑が見渡せます。
この地方では、古くから葡萄の栽培が盛んで、同時にワインの生産にも力を注いできました。その伝統と技術の結晶として生まれたロコロトンドの白ワインは、D.O.C.の認証を受けた、高品質のワインです。町中には駅周辺をはじめ、いくつかのワイン醸造所があり、ワインの購入はもちろん、試飲も楽しめます。
b0091227_1895676.jpg
ロコロトンドから更に一駅行くとマルティーナ・フランカがあります。バロック建築の影響を強く受けたこの町には、今も尚、教会の外装やバルコニーなど、あちこちにバロック建築の面影が残っています。
石畳と細道の旧市街は、お洒落な雑貨屋、アクセサリーショップからBAR、パン屋、レストランなど様々なタイプの店舗が軒を連ね、のんびり気ままなウィンドーショッピングが楽しめます。街角にさりげなく飾られた花々が「絵になる街角」にアクセントを添えてくれます。
毎週水曜日に開かれる朝市は、規模が大きく値段が安いため、周囲の町からわざわざ出かける人もいるほどです。
<参考タイムテーブル>
アルベロベッロ発08:50→08:58ロコロトンド着 <ロコロトンド散策> ロコロトンド発11:23→11:29マルティーナ・フランカ着 <マルティーナ・フランカ散策> マルティーナ・フランカ発13:08→アルベロベッロ着13:25
※ロコロトンド駅から旧市街までは、徒歩約8分。
※マルティーナ・フランカ駅から旧市街までは、徒歩約12分。
*時刻表は2008年1月現在のものです。


カステッラーナ洞窟/カステッラーナ市街
アルベロベッロからバーリ方面へ列車で3駅の所に、ヨーロッパでも屈指と言われるカステッラーナ洞窟があります。全長約3kmの洞窟内部は、平均気温が16℃に保たれている為、夏は涼しく、冬は暖かく感じられます。内部見学は、専属のガイドが同行して行われ、半周コース(約50分)と一周コース(約2時間)の2コースがあります。コースごとに見学開始時間が決められているので、希望コースの開始時間に合わせたプランニング作りが必要になります。洞窟内は湿気が多いので、散策の際はゴム底の滑りにくい靴をお勧めします。
見学コースの途中には、ピサの斜塔、コブラ、キリストを抱いた聖母像、トゥルッロなど様々な形の石筍が見られ、自然が創造した彫刻作品として、訪れる観光客の目を楽しませてくれます。面白い形や、変わった形の石筍を見つけて、自分なりの名前を付けてみるのも楽しいかもしれません。
洞窟見学と組み合わせて楽しみたいのは、カステッラーナの旧市街散策です。アルベロベッロ方面へ戻る列車は、時間帯によっては洞窟駅を通過してしまう事があります。そんな列車を待つより、バーリ方面行きの列車に乗って更に一駅先まで足を伸ばし、カステッラーナ市街の散策をお勧めします。
Castellana Grotteで下車し、駅前の道を真っ直ぐ突き当たると広場があり、その奥に旧市街があります。石畳の町並には、教会などの古い建築物が建ち並び、この地方の風情を感じさせてくれます。
<参考タイムテーブル>
アルベロベッロ発09:26→09:55カステッラーナ洞窟着 10:00<洞窟見学3kmコース> カステッラーナ洞窟発 12:22→12:24 カステッラーナ着 
カステッラーナ発13:38→14:12アルベロベッロ着
※カステッラーナ洞窟駅から洞窟までは徒歩約5分です。
10時の見学コースにはギリギリなので、無理な場合は30分後にスタートする半周コースの見学が無難です。
※カステッラーナ駅から旧市街までは、徒歩約5分。
洞窟へ行く場合の下車駅はGrotte di Castellana Grotte駅です。
市街駅Castellana Grotte駅と間違えないように注意して下さい。
※カステッラーナ洞窟駅は無人なので切符の購入が出来ません。予め、往復分の切符を買っておくと便利です。
*時刻表は2008年1月現在のものです


●列車利用の方へのアドバイス
SUD-EST線を利用した周辺観光を計画している方に、賢い切符の買い方を伝授しましょう。ほとんどの場合、SUD-EST線の切符の有効時間は6時間です。起点で刻印したあと、6時間以内に目的地で下車すれば良いので、その間途中下車が可能です。上記(アルベロベッロを出発しロコロトンド、マルティーナ・フランカを観光)を例にすると、アルベロベッロでマルティーナ・フランカまでの往復分の切符を買い、一枚目はアルベロベッロで刻印、ロコロトンドで下車しても同じ切符でマルティーナ・フランカまで行く事が出来ます。
もう一枚は、マルティーナ・フランカで刻印しアルベロベッロで下車します。わざわざ、アルベロベッロでロコロトンドまでの切符を買い、ロコロトンドでマルティーナ・フランカ行きの切符を買う必要はありません。カステッラーナの場合も同様です。有効時間をうまく利用すれば、目的地までの間にある町にふらりと立ち寄る「途中下車の旅」を楽しむ事が出来ます。

●車が便利な半日観光
オストゥーニ
b0091227_18145844.jpg

アルベロベッロの南東約33kmの所に位置するオストゥーニは、アドリア海に面した海沿いの町です。
海から約10kmの小高い丘の上にある旧市街は、石畳と小路の情緒ある町並に加え、坂道や階段が多く、「白の町」と呼ばれる通り、町の周囲の外壁も、町中も白で統一された小さな可愛い町です。
b0091227_18163067.jpg
急な坂道を登りながら旧市街に入って行くと、土産物店やBARが軒を連ね、裏道の目立たない場所に掲げられたレストランの看板やバルコニーの花が、町のお洒落なアクセントとなっています。狭い旧市街の中に溶け込むように点在する大小4つの古い教会は、歴史を感じさせると共に、町のシンボルとして堂々たる姿を見せてくれます。結婚式を挙げたばかりの新郎新婦の姿や、それを祝福する人達の群れに出くわす事も珍しくありません。
※アルベロベッロから車で約40分

ポリニャーノ・ア・マーレ
b0091227_1817528.jpg

アルベロベッロから北へ約30kmの海の町、ポリニャーノ・ア・マーレ。町はずれにある駐車場は、岩に当って砕ける水しぶきが間近に見える断崖の上にあり、眼前には紺碧のアドリア海が広がっています。日本のCMでもお馴染みの「ボーラーレ、オーォ、カンターレ…」を歌った歌手ドメニコ・モドゥーニョ氏は、実はこの町の出身なのです。この壮大な海を見れば、思わず口ずさみたくなりますよ。
b0091227_18183424.jpg

歴史と伝統を感じさせる石畳と小路の旧市街は、所々にある展望台から望める広大な海と絶妙なコンビネーションを見せてくれます。気の向くまま、足の向くまま、海の風を感じながらの散策もまた楽しいものです。
※アルベロベッロから車で約40分

●個人旅行プランニングのアドバイス
上記2ケ所は、国鉄沿線の為アルベロベッロからの観光には不便ですが、バーリからなら気軽に行く事が出来ます。宿泊地を重視するか、観光ポイントを重視するか、また利用交通手段によっても旅のプランニングが変わってきます。あまり欲張り過ぎると忙しいだけで終わってしまうので、的を絞ったシンプルなプラン作りをお勧めします。

アルベロベッロ周辺には、他にも素敵な町がたくさんあります。
今回のご紹介はごく一部ですが、機会があれば又ご紹介したいと思います。
[PR]
by his-news | 2008-01-10 18:22 | TAKAKO.N

アルベロベッロのプレセピオ

アルベロベッロのクリスマスのイベント「プレセーペ・ヴィヴェンテ」ですが、これはプレセーペを模型ではなく、生身の人間「ヴィヴェンテ(vivente)」で再現してしまおうというものです。



b0091227_18461031.jpg
クリスマスのイベントとして「プレセーペ・ヴィヴェンテ」を行う街はイタリア各地にももちろんあるのですが、世界遺産でもあるトゥルッリの町並を舞台としたものは他にありません。それがアルベロベッロの「プレセーペ・ヴィヴェンテ」の最大の魅力なのです。



イベントが行われる日は、トゥルッリ密集地区の一つ、アイアピッコラ地区全体が巨大なプレセーペとなり、トゥルッリも、この日ばかりはプレセーペの小道具となります。

イベントの見学は、20-40人がグループとなって、トーチを持った案内人と一緒に決められた順路を周ります。

コース上では、キリストが生まれた日に、平凡な日常生活を送る人々の様子を、ひとコマひとコマ丁寧に描いています。

b0091227_18424963.jpg
各トゥルッリの中では、郷土菓子、パスタ、モッツァレラやリコッタチーズ、フォカッチャなど、かつて各家庭で手作りしていた地方料理の実演を見せてくれたり、昔ながらの方法で耳掻きをする人、鍋や釜、土鍋の修理、トゥルッロ職人、鍛冶屋、椅子や籠作り、刺繍や編み物など、この地方で伝統的に行われてきた手工業を再現してくれるので言葉が分らなくても十分に楽しめます。

b0091227_184135100.jpg
また時々見せてくれる寸劇は、アルベロベッロの方言でのやり取りなので、ちょっと分かりにくいかもしれませんが、それ以上に道の途中で本物の馬が行き交ったり、焼き栗やソーセージのいい匂いが漂ったり、子豚やロバ、子羊に出くわしたりと他では出来ない面白い体験が出来ます。
b0091227_184579.jpg

そして見物しているはずの自分たちもまた、知らず知らずのうちにキリスト誕生シーンの一部・小道具の一つとなっているのです。

b0091227_1842102.jpg
案内人が、最後に私たちを導いてくれるのが肝心のキリスト誕生シーンです。

もちろんここでも、本物の赤ちゃんが登場し「熱演」を見せてくれます。



一通り見終わって出口に着くと、ホントにささやかではありますが、プレセーペの中で実際に作られたお菓子やパスタ、チーズ、フォカッチャなどを試食できるコーナーが待っています。

美味しいワインと共に手作りの味を楽しみイベントは終了します。



プレセーペ・ヴィヴェンテ自体の見学は無料ですが、出口で任意の寄付金が求められるので小銭の用意が必要です。

プレセーペを一巡するのには、約2時間かかり、このイベントのある日は毎年何故か恐ろしく寒いのですが、プレセーペに一歩足を踏み入れると、その寒さも不思議と感じません。

遠方からのリピーターも多いこのイベント、人気は年々上がる一方ですが、人員整理が追いつかず予約整理券を配っているにも関わらず常に長時間待たされる結果になります。



それでも、「百聞は一見にしかず」!!

機会があったら是非見て下さい。



b0091227_18454065.jpg
今年のプレセペ・ヴィヴェンテの日程は以下の通りです。

2007年年内:12月26日(水)・27日(木)

2008年年明け: 1月4日(金)・5日(土)

開場時間:16:30-22:30

*予約方法などの詳細については、特派員野口さん
までお気軽にお問合せ下さい。



[PR]
by his-news | 2007-12-15 18:28 | TAKAKO.N

バルレッタの街

今回はアルベロベッロを少し離れ、最近私が訪れたプーリアの町、バルレッタをご紹介しましょう。
b0091227_5393037.jpg
●町の印象●
穏やかな気候に恵まれた海沿いの町バルレッタは、バーリから海岸線を北上して約60kmの所にある人口約93000人の町です。
自然、歴史、文化、芸術、考古学、そして食文化の中心となるワイングルメなど、様々な側面で独自の魅力を持っています。
活気に満ち溢れた町は、「歴史ある町並」に新しい息吹を与え、過去から続いている歴史の「今」をしっかりと描き続けている様です。
旧市街の町並は、私が好きな石畳と細い路地が多く、セピア色が似合うトスカーナ地方の小さな町を思わせます。
私がこの町を訪れたのは日曜日だったのですが、午前中の人ごみ、午後の静けさ、夜の賑わいと時間帯で変化する町の「顔」が非常に印象的でした。
午前中は、家族連れや、若者グループが目立ち、とにかく人の往来が多い、騒がしい町でした。また、お城の敷地内の緑地は恰好の憩いの場を提供していて、走り回る子供達、それを見守る両親、のんびり散歩する老夫婦、声高に話しまくる若者のグループ、ベンチのカップル、ペットを散歩させる人、音楽をかけて踊る人達などなど、全ての年齢層の男女が、健康的な休日を楽しんでいる印象を受けました。
ところが午後1時を過ぎると町は一変、人っ子一人いない空虚な町に早変わり、商店は全てシャッターを下ろし、僅かにバールが数件開いているだけです。人で溢れかえっていたお城の敷地内も緑の芝生だけが目立つ静かな空間になってしまいました。
そして夜、日が傾き、辺りが薄暗くなると、レストランや、バール、スナックなど、お酒を楽しむ大人向けの店に灯が点り、町に再び人が溢れ出し、賑わいが戻ってきます。午後の静けさが嘘のように、どこからともなく溢れてきた人波は家族連れよりカップルが目立ち、町はお洒落なネオンで彩られます。
b0091227_542770.jpg


●町の歴史●
町の歴史は紀元前4-5世紀に遡りますが、バルレッタが誇る豪華で輝かしい歴史は、中世期以降に始まります。ノルマンディーの要塞として栄えた町は、聖地パレスチナへの出航に都合のいい場所に位置する事から、アドリア海沿岸の重要な港の1つとなり、十字軍のパレスチナ遠征の出発拠点をはじめ、商人、巡礼者、戦士など、聖地へ向かう人々の通過点として位置づけられました。人の往来の増加に伴い、商業が発展し、経済的にも豊になっていきました。

b0091227_540121.jpg
●カステッロ●
海に面して堂々たる姿を見せるカステッロ(お城)は、「16世紀に皇帝カール5世が建てた」と言う説と、「12世紀から16世紀に亘り、4者(ノルマンディー、ホーエンシュタウフェン朝、アンジュー王朝、スペイン王朝)の手によって建築された」と言う説の2つがありますが、完成期が16世紀と言う事は、どちらの説にも共通しています。
「お城」と呼んではいるものの、実際は要塞として使われていたようで、「岩の塊」の様な風貌をしています。バーリやモノーポリにも、似たようなお城が海に面して建っています。
かつて国の情勢が不安定だった時代、海沿いの町は、海からの侵入者を防ぐため、頑丈な城壁を持ったお城の建築を余儀なくされました。そのほとんどは、攻撃より守備に重点を置いた作りになっています。
折角なので、入場見学しましたが、お城としての機能を果たした内部部分はあまり見学する所はなく、唯一、フェルディナンド2世の胸像に興味を惹かれただけでした。
ところが、余り期待をせずに「進路」に従って入って行った地下部分は広くて、かなりの見応えがありました。食糧や武器の保存に使われていたという内部は、土がむき出しのままになっていて、いくつものドームや小部屋に別れています。大きいドームに足を踏み入れると、靴音が土を踏んでいる足元ではなく、ドーム全体から響いてきて、何だか妙な気分でした。ドームの一つは、内装を施し、現在コンベンションセンターとして使われています。
小船に乗ったまま城から海へ出るための鉄格子の扉は、映画「仮面の男」(だったかな?)でレオナルド・デカプリオ演じる王の、双子の弟が囚われていた牢屋の入口を思わせます。カステッロの屋上からは、新市街の町並や海が見渡せました。

b0091227_5402380.jpg
●決闘の町●
歴史上に残る「バルレッタの決闘」は、イタリア国内はもちろん、海外にも広く知られています。16世紀初頭、ナポリ王国の領土分割を巡り、スペインとフランスは激しい戦いをしていました。ある晩、スペインの占領下にあったバルレッタの地下の酒場で、スペイン軍が晩餐会を開きました。この宴には、スペイン軍に属し、勝利に貢献する勇敢な戦いをしたイタリア騎士団のほか、フランス人捕虜も招かれていました。捕虜を招いて宴会をするあたりが、いかにもイタリアっぽくていい感じですが、その宴会の最中、捕虜の一人がイタリア人に浴びせた辛辣な言葉が、バルレッタ出身の騎士エットーレ・フィエラモスカを侮辱した事から、対立が起こり、後日の決闘へと発展しました。
もし、日本だったら「無礼講」という言葉で丸く納めたところだったのでしょうが、ここではそうはいかなかったようです。1503年2月13日の朝、13人のイタリア騎士団は、町から10kmあまり離れた教会のミサで、決闘に勝つか死ぬかを誓い、その足で決闘の地に赴きました。そして、13人のフランス騎士団と一戦を交え、見事勝利を納めました。バルレッタには、この決闘のきっかけとなった地下の酒場が今も残り、見学する事が出来ます。


b0091227_5405012.jpg
●カテドラル●
カステッロの向いあるカテドラルはバルレッタで最も古い教会で、より古い前面部分はロマネスク様式で、1147年に建てられたました。その後、ゴシック様式で建てられた後ろの部分は、43mの高さを誇る鐘楼から建築が始まり、鐘楼の台座には、1503年の決闘の勝利を讃えた「偉大なる勝利」、1528年に起きたフランス軍や内部の徒党による略奪の記憶を示す「町の破滅」の文字が刻まれています。
1459年2月4日、当時南イタリアをほぼ手中に収めていたアラゴン王朝のフェルディナンド1世がこの教会を訪れた事が、貴重な歴史の1ページとなっています。

b0091227_5411480.jpg
●ヘラクレイオスの巨像●
町中でひと際目を惹くのが、サントセポルクロ教会の前に立っている、高さ約5mのブロンズ像です。一般的には東ローマ帝国の皇帝ヘラクレイオスの像と言われていますが、テオドシウス2世だとの見解もあります。1309年からその存在は確認されていますが、最も古い仮説としては、6世紀に製作された可能性もあるそうです。
像は40歳の皇帝が帝国で最高の栄誉を手にした瞬間を表現し、鎧に身を固め、左手の掌中に世界征服の象徴である球体を載せ、右手は十字架を高く掲げています。

b0091227_5413631.jpg
●画家ジュゼッペ・デ・ニッティス●
1846年この地で生まれ芸術家としての人生の大半をパリで過ごしたデ・ニッティスは、今も尚、この町を語るのに欠かせない人物です。
ヨーロッパで名を馳せたデ・ニッティスの影響は、この町が芸術面において力を注いでいることに強く表れています。
ストリートギャラリーで新進画家の発掘をしたり、絵画だけに留まらず、音楽の分野でも様々なコンクールを開催しています。
現在、デ・ニッティスの作品「ナポリの婦人」が、絵画美術館と同じ建物の中に展示されています。この絵は、バルレッタの町が買取ったもので、45万ユーロの代物だそうです。

バルレッタの町は如何でしたか?
この町は既にアンドリア、トラーニと合併し県に昇格する事が決まっています。
2008年から実質的な県庁所在地として、新たな歴史を刻んでいく事でしょう。


交通:
バーリから国鉄バルレッタ駅下車又は、バーリから私鉄Nordbarese線

アルベロベッロは、ぐずついた天気がしばらく続いていましたが、ここ1週間は晴天に恵まれています。とはいえ、秋晴れというよりは冬晴れという感が強く、さすがの太陽も冷たい大気を温めるのに時間がかかっているようです。
雲のない日は特に、放射冷却現象によって冷え込みが厳しくなっています。旅行を予定している皆さん、南だからと言って軽装は禁物です。秋の装いではなく、冬支度で来て下さい。
[PR]
by his-news | 2007-11-09 05:42 | TAKAKO.N

アルベロベッロ・サンティメディチ祭レポート

例年より2日長いサンティメディチ祭が終わり、アルベロベッロの町は、またいつものトゥルッリの町に戻りました。

前回のお約束通り、今回は今年のお祭りの様子からお伝えしましょう。

b0091227_20393734.jpg
初日の家畜市は、途中雨に見舞われたものの例年並の賑わいでした。
b0091227_20401132.jpg
2日目は朝から雨でしたが、午後には天気が回復し、夕方から露店が町の中心部を埋め尽くすと、町はいつもと違う賑やかな様相を見せ始めました。
b0091227_20404612.jpg
メインとなる27日も早朝の激しい雷雨から始まりましたが、信者の参拝行列が始まる午前11時には汗ばむほどの陽気となり、教会前のミサは、雲ひとつ無い抜けるような青空の下で行われました。
b0091227_20412399.jpg
夜12:00近くに始まった花火は、たっぷりと1時間余り盛大に打ち上げられ、祭りに花を添えました。
b0091227_20414930.jpg
28日は、例年通り前日と同じ信者の参拝行列が夕方に行われました。まだ明るいうちに教会を出発したコジマとダミアーノの聖人像2体が、信者達に交代で担がれながら、前日とは別のコースで町を一回りました。教会前のヴィットリオエマヌエレ通りを通る頃にはすっかり日が落ち、鮮やかなイルミネーションのトンネルをくぐるように教会へと戻って行きましたが、何度見てもこの光景には感動します。
b0091227_20421325.jpg
身動きできないほどの人で埋め尽くされた教会前で、厳かに最後のミサが行われました。宗教関連の行事は、このミサで終わりなのですが、翌29日・30日が土日だったので、夜は広場で市民向けのコンサートや地元のミュージシャン達の合同ショートライブが行われました。
b0091227_20423670.jpg
露店も最終日まで朝から夜遅くまで開かれ日本でもお馴染みの実演販売をはじめ、おもちゃ、本、靴、衣料品、台所用品、カーテン、カーペット、傘、そしてオリーブの実各種、ピーナツ、クルミ、乾燥トマト、焼き栗、パニーノなどの食べ物、更には、キリストの肖像画や、写真立て、十字架のペンダント、行列に加わる時に持つ長い蝋燭など宗教祭ならではの商品も売られていました。
b0091227_20425789.jpg
また今年の移動遊園地には、射的、ゴーカート、メリーゴーランドから、空飛ぶじゅうたんに似たかなり動きの激しい乗り物まで10種以上の遊具が設置されました。
去年と違い、比較的天気に恵まれた今年のサンティメディチ祭、人出もまずまずの賑やかなフェスタとなりました。

●アルベロベッロの歴史
さてここで、アルベロベッロとトゥルッリの歴史についてごくごく簡単にお話しましょう。
町の歴史は15世紀後半、伯爵一族アクアビーバ家が、アルベロベッロを含む広大な土地を手に入た時点まで遡ります。
当時深い森に覆われた未開墾のこの地を開拓するため、伯爵は周囲の町の農民達を好条件で募り、それに応じて集まった数十世帯がアルベロベッロの礎となりました。
この時代、国王に無許可で町を興す事はもちろん、建て物の建築も禁じられ、領土内の建築物には税金が課せられました。
16世紀半ば、伯爵は住民達に対し、それまでの耐久性に乏しい小屋から、より耐久性のある「石」を用いた住居の建築を認めましたが、国王に新しい建築物の存在を知られないようにするため接着材料の一切の使用を禁じました。これがトゥルッリ建築の始まりです。
王の視察団が領土内の建築物の調査に来る事を察知すると、住民達に家屋を解体させ町から遠ざかるよう命じました。接着剤料を使わず石を積み重ねただけで作られた住居「トゥルッリ」は一晩のうちに解体され、瓦礫の山と化しました。視察団が、町の存在に気付く事無く去って行くと住民達は再びこの地に戻りトゥルッリを再建しました。
伯爵はこのようにして国王から税金逃れをする一方、住民達には重税を課し、また住民を一切の権利を持たない「農奴」として扱うなど悪政の限りを尽くしていました。
伯爵の悪政に疲れた住民達は1797年国王に現状を直訴し、町を王の直轄領地にするよう要望しました。王は住民達の訴えに耳を貸し問題の解決を約束しました。
同年5月27日王の発令により町は国王の直轄領地となり約3世紀に亘るアクアビーバ伯爵一族の支配から解放されました。
同年8月町の有力者が、自由の象徴として初めてモルタルを用いた建築物を建てました。その建物が前回観光ポイントでご紹介したカーサ・ダモーレです。

アルベロベッロの特派員:野口さんはこの町で観光ガイドをしています。
アルベロベッロの町、トゥルッリ、歴史など、更に詳しく分かり易く、個人旅行から団体ツアーまで様々な日本人観光客の方々にご案内しています。
ご要望などがありましたらお気軽にお問合せ下さい。

●アルベロベッロへのアクセス
アルベロベッロに「行って見たい」と思ってくれた人のために肝心のアルベロベッロへのアクセスをご紹介します。
アルベロベッロの最寄りの国鉄駅はバーリ(Bari)またはターラント(Taranto)です。
イタリアの国内各地からアルベロベッロへ来るにはどちらかの駅へ国鉄を利用してくるのが便利です。
そこから先は私鉄Sud-est線に乗換えです。駅はいずれも国鉄駅に併設しています。所要時間や運賃は下記の通りです。
バーリ-アルベロベッロ間
所要時間:約1時間半
運賃:4,00ユーロ
ターラント-アルベロベッロ間
所要時間:約1時間15分
運賃:2,90ユーロ
驚きですが日曜祝日には列車は運休になります。
この場合、代替バスが運行になるので、日曜祝祭日でもアクセスできます。
代替バスの発着所と切符販売店は以下の通りです。
バーリ発着所:バーリ中央駅の裏手(Via Capruzzi)
切符販売店:バス発着所のある通り沿いのBAR(Montazzi)
ターラント発着所:駅前
切符販売店:国鉄駅内のタバッキ
 

アルベロベッロは雨ごとに少しずつ寒くなってきています。
南イタリアとはいえ、冬は毎年のように積雪を観測するこの町は暑さと共に寒さも厳しいのです。
肌がピリッっとするくらい冷たい空気の中で見るトゥルッリはまた格別です。
ひょっとすると観光客が減る、これからの時期が静かなトゥルッリを味わうには最も適したシーズンなのかもしれません。
[PR]
by his-news | 2007-10-16 20:43 | TAKAKO.N

トゥルッリの街!

とんがり屋根が可愛いトゥルッリの町並が印象的な、南イタリアの観光地アルベロベッロ。
眩しいほどの白壁とダークグレーのとんがり屋根が、鮮やかなコントラストを見せるトゥルッリの町並は、さりげなくバルコニーに飾られた花や街角の緑に彩られ、一層華やかさを増します。

「お伽の国みたい」とか、「メルヘンチック」と形容されるこの町、特に若い女性に人気があるのも、うなずける気がします。
1996年にユネスコの世界遺産に登録されて以来観光客は急増し、アルベロベッロは今や南イタリア観光には欠かせない存在となりました。そんなお伽の国に、初めて迷い込んだのは7年前、もちろんここで暮らす事になるとは思ってもいませんでしたが、気が付くとここに根を張り4年以上の歳月が過ぎていました。

年間を通して、ほぼ毎日日本人ツアーが訪れるこの町、もうほとんどの日本人がこの町を知っているかと思えば、意外とそうでもありません。
「トゥルッリって何?」「アルベロベッロ…?それってイタリア?」な~んて人もまだまだ結構多いのです。
今月からアルベロベッロについてのあれこれを現地からダイレクトでお伝えします。
アルベロベッロを知っている人も、知らなかった人も、行ったことのある人も、これから行こうと思っている人も、全く興味ないという人も、是非、お楽しみに!!

●ゆっくりと散策を楽しみたいトゥルッリの町並
アルベロベッロに来たら、まずはトゥルッリが密集する2つの地域、アイアピッコラ地区とモンティ地区の散策をお勧めします。
トゥルッリとは、この地方でみられる独特な建築様式の伝統的家屋の事で、真っ白な壁と、ダークグレーのとんがり屋根が特徴的です。屋根には白色で描かれた紋章があり、てっぺんにはピンナコロと呼ばれる飾り石が置かれています。早速、各地区の歩き方をご紹介しましょう。
b0091227_21173697.jpg

<<アイアピッコラ地区>>
約400のトゥルッリがあり、その多くは今も尚、住居として使われています。商店の無い地区なので、洗濯物がはためいたり、食事時にはどこからともなく美味しそうな匂いが漂ったりと、生活感が溢れています。静かな佇まいを味わいたい人にお勧めです。それほど広い地域では無いので、地図を片手に散策すれば30分ほどで一通り周れます。
また、地域内の道は平坦で、アスファルト舗装されているので、年配の方や、小さな子供連れ、体力に自信の無い人でも安心です。
気の向くまま、足の向くまま小路を通り抜け、小人の気分で「不思議の町」の散策を楽しんで下さい。
b0091227_21185148.jpg

<<モンティ地区>>
ほとんどのトゥルッリが商店や、レストラン、BARなどに姿を変え、すっかり観光地化された地区です。お土産を買ったり、食事をしたり、賑やかな町の雰囲気を楽しみたい人にお勧めです。
モンティ地区は、今も約1000のトゥルッリが残っているだけあって、意外と広く、すべての路地をくまなく見て周るには、多少時間がかかるかもしれません。
また、地域全体が斜面に広がっているので、行きは登り、帰りは下りの坂道になります。
決して急な坂では無いので、時間に余裕を持って、ゆっくりと無理せず、体力にあわせた散策をお勧めします。
地域内は、石畳と石段の道で情緒はあるのですが、滑り易いのがタマにキズ。特に雨の日の下り坂には十分注意が必要です。もちろん晴れた日でも、ハイヒールやパンプス、革底の靴などは滑り易いので禁物です。出来ればスニーカーや運動靴などゴム底の履物を用意して下さい。
店頭の土産物に目移りしながら散策すると、躓いたり、石段で足を踏み外したり…な~んてことになりかねません。
「歩く時はよそ見をしない」これが、この地域散策のコツです。

モンティ地区で欠かせない観光ポイントは、やはりサンタントニオ教会。
b0091227_21204723.jpg

メイン通りのモンテ・サンミケーレを上りきった所にあるトゥルッリの教会です。
建物の中央と両脇そして鐘楼に、伝統的工法に則って作られたトゥルッリの屋根を採用しています。

b0091227_21245749.jpg

●時間に余裕のある人にお勧めの観光ポイント
<<カーサダモーレ>>
1797年、町の自由の象徴として建てられました。建物の上部に「AD1797」と刻まれているのが分かるかと思います。この建物、実はこの町の歴史と深い関わりがあるのですが、それについては、別の機会に改めてご紹介したいと思います。
<<トゥルッロ・ソヴラーノ>>
1700年代後半に建てられた町で一番大きなトゥルッリです。12個のとんがり屋根をもつ稀少な2階建てで、最高部の高さは14メートルあります。実はこの建物はモルタルの使用を禁じられていた時代に、掟を破って建てられたモルタル使用のトゥルッリなのです。(入場料:大人1,50ユーロ)
<<ジャルディーノ・ベルベデーレ>>
町のメイン広場であるポポロ広場南側にあり、モンティ地区のトゥルッリを一望する事が出来るこの場所は、記念撮影にとっておきの場所です。

●年に一度の大イベント「サンティメディチ祭」
旅行中にちょっと得した気分になる事は色々あると思います。
今月下旬にアルベロベッロを訪れる予定のある人は、そんな「ちょっと得した気分」に浸れるかもしれません。
b0091227_21242999.jpg

アルベロベッロでは、毎年9月、街の守護聖人「コズマ」と「ダミアーノ」の日である9月26日を中心に前後4日間に亘り大宗教祭を行います。
2007年は25日から30日。通常最終日となる28日が金曜日なので、土日も併せた6日間のお祭りになります。
宗教祭には興味ないという人も、この街最大のこのお祭りは絶対見て損をしないはずです。
街の中心部には賑やかな露店が立ち並び、夕方になると両聖人が奉られた街のメイン教会であるサンティメディチ教会まで続く道に、鮮やかなイルミネーションのトンネルがともります。
広場もイルミネーションで覆われて、まるで昼間のように明るくなり、大勢の人で真夜中まで賑わいます。
子供向けにやってくる「移動遊園地」はネオンとリズミカルな音楽で賑やかさに輪をかけます。祭り初日にあたる25日の午前中もは、伝統的な家畜市が町外れの運動場周辺で開かれ、年々種類は減っているものの、小鳥から牛まで様々な動物達が売買されます。
また、27日の午前中と28日の午後には、聖人像を担いだ信者の行列が街中を練り歩き、祭りはピークに達します。
特に28日は、信者が手にするキャンドルの光と通りを飾るイルミネーションが日暮れと共に鮮やかさを増し、見事な光の競演となります。無数の光の中を泳ぐように教会へ帰って行く2体の聖人像はとても印象的で、幻想的な異国の祭りとして旅の思い出の1ページを飾ってくれるはずです。
お祭りの期間中は、ブラスバンドのパレードやコンサート、オーケストラ演奏、花火などの一般(観光客)向けの様々な催しもあります。
イベントの詳細はこちらをご覧下さい。
[PR]
by his-news | 2007-09-14 20:59 | TAKAKO.N


タグ
検索
フォロー中のブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧