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アルベロベッロ・サンティメディチ祭レポート

例年より2日長いサンティメディチ祭が終わり、アルベロベッロの町は、またいつものトゥルッリの町に戻りました。

前回のお約束通り、今回は今年のお祭りの様子からお伝えしましょう。

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初日の家畜市は、途中雨に見舞われたものの例年並の賑わいでした。
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2日目は朝から雨でしたが、午後には天気が回復し、夕方から露店が町の中心部を埋め尽くすと、町はいつもと違う賑やかな様相を見せ始めました。
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メインとなる27日も早朝の激しい雷雨から始まりましたが、信者の参拝行列が始まる午前11時には汗ばむほどの陽気となり、教会前のミサは、雲ひとつ無い抜けるような青空の下で行われました。
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夜12:00近くに始まった花火は、たっぷりと1時間余り盛大に打ち上げられ、祭りに花を添えました。
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28日は、例年通り前日と同じ信者の参拝行列が夕方に行われました。まだ明るいうちに教会を出発したコジマとダミアーノの聖人像2体が、信者達に交代で担がれながら、前日とは別のコースで町を一回りました。教会前のヴィットリオエマヌエレ通りを通る頃にはすっかり日が落ち、鮮やかなイルミネーションのトンネルをくぐるように教会へと戻って行きましたが、何度見てもこの光景には感動します。
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身動きできないほどの人で埋め尽くされた教会前で、厳かに最後のミサが行われました。宗教関連の行事は、このミサで終わりなのですが、翌29日・30日が土日だったので、夜は広場で市民向けのコンサートや地元のミュージシャン達の合同ショートライブが行われました。
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露店も最終日まで朝から夜遅くまで開かれ日本でもお馴染みの実演販売をはじめ、おもちゃ、本、靴、衣料品、台所用品、カーテン、カーペット、傘、そしてオリーブの実各種、ピーナツ、クルミ、乾燥トマト、焼き栗、パニーノなどの食べ物、更には、キリストの肖像画や、写真立て、十字架のペンダント、行列に加わる時に持つ長い蝋燭など宗教祭ならではの商品も売られていました。
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また今年の移動遊園地には、射的、ゴーカート、メリーゴーランドから、空飛ぶじゅうたんに似たかなり動きの激しい乗り物まで10種以上の遊具が設置されました。
去年と違い、比較的天気に恵まれた今年のサンティメディチ祭、人出もまずまずの賑やかなフェスタとなりました。

●アルベロベッロの歴史
さてここで、アルベロベッロとトゥルッリの歴史についてごくごく簡単にお話しましょう。
町の歴史は15世紀後半、伯爵一族アクアビーバ家が、アルベロベッロを含む広大な土地を手に入た時点まで遡ります。
当時深い森に覆われた未開墾のこの地を開拓するため、伯爵は周囲の町の農民達を好条件で募り、それに応じて集まった数十世帯がアルベロベッロの礎となりました。
この時代、国王に無許可で町を興す事はもちろん、建て物の建築も禁じられ、領土内の建築物には税金が課せられました。
16世紀半ば、伯爵は住民達に対し、それまでの耐久性に乏しい小屋から、より耐久性のある「石」を用いた住居の建築を認めましたが、国王に新しい建築物の存在を知られないようにするため接着材料の一切の使用を禁じました。これがトゥルッリ建築の始まりです。
王の視察団が領土内の建築物の調査に来る事を察知すると、住民達に家屋を解体させ町から遠ざかるよう命じました。接着剤料を使わず石を積み重ねただけで作られた住居「トゥルッリ」は一晩のうちに解体され、瓦礫の山と化しました。視察団が、町の存在に気付く事無く去って行くと住民達は再びこの地に戻りトゥルッリを再建しました。
伯爵はこのようにして国王から税金逃れをする一方、住民達には重税を課し、また住民を一切の権利を持たない「農奴」として扱うなど悪政の限りを尽くしていました。
伯爵の悪政に疲れた住民達は1797年国王に現状を直訴し、町を王の直轄領地にするよう要望しました。王は住民達の訴えに耳を貸し問題の解決を約束しました。
同年5月27日王の発令により町は国王の直轄領地となり約3世紀に亘るアクアビーバ伯爵一族の支配から解放されました。
同年8月町の有力者が、自由の象徴として初めてモルタルを用いた建築物を建てました。その建物が前回観光ポイントでご紹介したカーサ・ダモーレです。

アルベロベッロの特派員:野口さんはこの町で観光ガイドをしています。
アルベロベッロの町、トゥルッリ、歴史など、更に詳しく分かり易く、個人旅行から団体ツアーまで様々な日本人観光客の方々にご案内しています。
ご要望などがありましたらお気軽にお問合せ下さい。

●アルベロベッロへのアクセス
アルベロベッロに「行って見たい」と思ってくれた人のために肝心のアルベロベッロへのアクセスをご紹介します。
アルベロベッロの最寄りの国鉄駅はバーリ(Bari)またはターラント(Taranto)です。
イタリアの国内各地からアルベロベッロへ来るにはどちらかの駅へ国鉄を利用してくるのが便利です。
そこから先は私鉄Sud-est線に乗換えです。駅はいずれも国鉄駅に併設しています。所要時間や運賃は下記の通りです。
バーリ-アルベロベッロ間
所要時間:約1時間半
運賃:4,00ユーロ
ターラント-アルベロベッロ間
所要時間:約1時間15分
運賃:2,90ユーロ
驚きですが日曜祝日には列車は運休になります。
この場合、代替バスが運行になるので、日曜祝祭日でもアクセスできます。
代替バスの発着所と切符販売店は以下の通りです。
バーリ発着所:バーリ中央駅の裏手(Via Capruzzi)
切符販売店:バス発着所のある通り沿いのBAR(Montazzi)
ターラント発着所:駅前
切符販売店:国鉄駅内のタバッキ
 

アルベロベッロは雨ごとに少しずつ寒くなってきています。
南イタリアとはいえ、冬は毎年のように積雪を観測するこの町は暑さと共に寒さも厳しいのです。
肌がピリッっとするくらい冷たい空気の中で見るトゥルッリはまた格別です。
ひょっとすると観光客が減る、これからの時期が静かなトゥルッリを味わうには最も適したシーズンなのかもしれません。
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by his-news | 2007-10-16 20:43 | TAKAKO.N
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